読書:司馬遼太郎先生の世界 ~安土桃山時代

司馬遼太郎先生の小説の書き方にも漸く慣れ、面白くなってきたので次々に読み漁さっていった。
戦国時代の斎藤道三から織田信長へと続く国盗り物語などは、単行本4冊もあるので、読めるかなと思っていたが、NHKの昔の大河ドラマをうろ覚えながらも思い出し読んだので、意外とスムーズに入り込めた。因みに大河ドラマを見始めたのが、中学生の頃、日曜日夜8時は父がNHK番組を独占していたので仕方なく見ていた。「樅の木は残った」から始まり、訳がわからないまでも見続けていくと段々面白くなってきて、今では大河ドラマ一筋である。こりゃ、填まったらとことん見ないと気が進まないのは親譲りかあと思ってしまう。そうやって今度は歴史小説に填まっていくのである。

国盗り物語

「斎藤道三編」・・・国主を夢見る松波庄九郎は僧門に身を置いていたが、退屈な僧院の生活から寺を飛び出し、油問屋に身を置く。やがて万能とも言える才覚に恵まれた庄九郎は油問屋を捨て、己の智謀をもって美濃一国を盗み取る国盗りに挑んでいく...。
「織田信長編」・・・尾張の織田信秀は美濃の斎藤道三に縁談を申し入れる。道三はこれを受け入れるも信長という男が「うつけ殿」と知る。道三は初めての対面で信長の資質を見抜き、快く帰蝶を嫁がせる。いま一人、道三には信長と同じくその器量を高く見込んだ者がいた。甥の明智光秀である...。

夏草の賦

土佐に生まれた長曾我部元親は織田家に仕える斎藤利三の妹、菜々を娶る。小領主に過ぎない元親は菜々の縁もあって織田信長と誼を結び、土佐の切り取りを推し進める。やがて元親は天下統一の野望を抱き、四国を破竹の勢いで侵略する。これを知った信長は両家の仲を決裂、元親により阿波を追い出された三好笑巌を先鋒とする数万の四国平定軍を編成させた...。

尻啖え孫市

織田信長による平定後、岐阜城下に真赤な羽織に八咫烏の紋をあしらった雑賀孫市を知る。この男天下にその名を轟かせる紀伊国雑賀庄の鉄砲集団「雑賀党」を束ねる頭目である。信長は、天下統一を目指すには鉄砲集団は不可欠と考え、木下藤吉郎にこの男と接するように命じた。藤吉郎は、早速、雑賀孫市に近づき、いつしかこの二人に友情が芽生え始めたが...。

馬上少年過ぐ

伊達政宗。童名梵天丸は幼児期が過ぎたころ疱瘡を患い醜怪な容貌になってしまう。そのあと、不幸なことに、竺丸という弟が生まれ、齢を重ねるにつれて秀麗な容貌となる。生母は、この弟を溺愛し、兄に対しては露骨に嫌悪した。やがて世継ぎの年齢を迎える頃、生母は夫、輝宗に竺丸を跡継ぎにと話を持ち掛ける...。

新史太閤記

豊臣秀吉の壮年期を扱った作品。幼年時代、当初この男、猿と世間で呼ばれていたが、織田信長に仕えて間もなく、起点の利きようを買われ、「木下藤吉郎」という名を得た。さらに才覚を高く評価された藤吉郎は、名を「羽柴筑前守秀吉」と改めてついに大名に任ぜられる...。

豊臣家の人々

織田信長の死によって、急遽、富と権勢を得た秀吉一家のその後の悲劇。

播磨灘物語

小寺家一番家老の黒田官兵衛は、小天地であくせくして一生を終えるのかと疑問を持ちながら、暮らしていたが、ある時、勢いのある信長を見てその姿に魅了される。信長に拝謁した官兵衛は、秀吉に会うことを命じられ、秀吉と会う....。

功名が辻

戦国武将の一人であった山内一豊は、天下統一の野望に燃える織田信長や豊臣秀吉に仕え、地道ながら出世を重ね、ついには遠江掛川城を与えられる。織田信長、豊臣秀吉が亡くなった後、次の天下を狙う石田三成と徳川家康。一豊は、千代の助言で徳川家康に、掛川城を明け渡す....。

関ヶ原

諸大名は、太閤豊臣秀吉の死を機に、再び世は乱れると見た。来るべき大政変の中心と諸侯が目したのは、五大老筆頭の徳川家康。しかし、家康は天下簒奪の野心を露わにした。これに対し、秀吉の信任篤い五奉行の石田三成は、その野望から豊臣家を間もおるために立ち上がった....。

戦雲の夢

土佐22万石の大領を率いる長曾我部盛親は、関ケ原の戦いに敗れ、一介の牢人の身に落ちた。戦陣への野望を秘かに育くみ、再起を賭けて、遺臣たちと共に大阪夏ノ陣に立ち上った...。

軍師二人

戦国の英雄たちの中でも突出した将才をもつ二人、後藤又兵衛と真田幸村の大坂の陣における葛藤と互いの深い洞察を描く...。

城塞

関ヶ原の戦いから十四年、徳川家康は多年の野望を実現すべく、大坂城の秀頼・淀殿に対して策謀をめぐらす。方広寺鐘銘事件など、つぎつぎと打ち出される家康の挑発にのった大坂方は、西欧の城塞をはるかに凌ぐといわれた巨城に籠城して開戦することを決意する...。