会社に勤めて7年目位の時。ある日、社長から呼び出されて、世間話をしながら「これからは年齢的にも他の会社の人との会話も上手くやっていくように」と言われ、技術ばかりやってきた私は知らない人との話は苦手だと言うと、「本を読め。それも歴史本を。会社の社長は、歴史の話をすれば、耳を傾けてくれるぞ。」と勧められたのが司馬遼太郎先生の「項羽と劉邦」だった。早速、読み始めてみると、何とも読みにくい。登場人物は多いし、史記的な書き方で、会話は少ないし、まるで新聞の記事や社説を読んでるような書き方である。学生時代に読んでいた本が「江戸川乱歩」や「横溝正史」などで、最初から描写がはっきりしていて、推理を解いていくワクワク感がたまらなかった自分が、渋々この本を読み続けていくと、たまに作者の言葉が本に加わり、ユーモアを交えているのでいつのまにか歴史の中に引き込まれていく気分になる。こうして司馬遼太郎先生の世界を味わっていった。
項羽と劉邦
秦の始皇帝亡き後、秦は弱体化していく。その中で2人の男が立ち上がった。勇猛果敢な名家出身の楚の項羽と百姓育ちの何故か人に好かれる戦下手な漢の劉邦との戦物語である。負け続ける劉邦軍は攻め落としにくい山に立てこもり、項羽軍ももう一つの山を占拠。にらみ合いが続く中、食料が残り少なくなった項羽軍は止む無く和睦を受け入れ、両軍は山から引き上げる。その後、劉邦軍は和睦の破棄と項羽軍攻めを試みるが項羽軍の圧倒的な強さに逃げ帰る。再び、劉邦は韓信らの援軍を引き連れて項羽軍と戦うが、それでも戦いの決着は容易に付かず、項羽軍も食べ物が尽きてきた。この時とばかりに劉邦軍は項羽軍を囲み、張良が仕掛けた心理作戦で項羽軍を追い詰めていく....。
空海の風景
四国の讃岐で地方の役人の子として生まれた空海は18歳の頃、京都の大学寮で儒学を始めとする唐の学問を学ぶが、宇宙と生命については何ら解答を与えてくれない。好奇心旺盛な空海は大学寮での経書暗誦のみの学科に飽きると大学寮を辞め仏門に入る。私度僧となった空海はインドの精神風土から生まれた密教の一つである仏教を知る。やがて遣唐使として唐へと渡るが、その船にライバルとなる最澄と出会う。最澄の目的は天台宗の教えを日本に取り込むことであったが、ついでに持ち帰った密教の教えの方が評判が良かったので、仕方なく密教の専門家として振舞っていた。やがて密教の教えを徹底的に学んだ空海が日本へと戻ると、最澄は密教の教えを乞うため空海の門を叩く....。
義経
源義朝の子、義経は生まれてほどなく父の死と家の没落に会い、不遇の中で成長した。寺稚児として育てられた義経は元服を迎える頃、京の寺を出て奥州へと流れる。奥州では藤原氏の庇護を受け、平家への復仇を胸に成長する。やがて義朝の嫡男である頼朝が平家征伐に軍を集めていることを聞き、義経は奥州を出て、兄の軍に馳せ参じた。忽ち大軍となった源氏に慄いた平家軍は戦わずして、富士川を逃げ去った。やがて要害の地で一の谷で陣を構えた平家。義経は騎馬武者をまとめて一部隊を組織し、奇襲攻撃を試みる。これが成功し、平家は潰乱状態となる。多くの将領を討ち取るという義経の大戦果は京洛を沸き返らせた....。








